読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

mclean-chanceの「鯔背でカフェオーレ」

ジャズ以外の音楽について語るブログです。生暖かく見守ってください。

アメリカを強くしていたのは、混血である事を痛感する名盤。

ラテン

Joe Bataan『Salsoul

 

f:id:mclean_chance:20170223181125j:image

最近のジョー・バターン。

 

フィリピン人とアフリカ系アメリカ人の混血という、ニューヨークのような人種のごった煮を象徴するようなジョー・バターンの1970年代の代表作の1つ。

不勉強で、ニューヨークのラテン・コミュニティの音楽についてはそれほど詳しくないのですが、ジャズを聴いていると、その隣に中南米音楽が間違いなく鳴っていた事は、だんだんとわかってくるものです。

ジョー・バターンは、ジャズもサルサも煮えたぎっていた頃のニューヨークで、ソウルフルなサルサ、すなわち、「サルソウル」を打ち立てた伝説的な人物で、80年代以降は活動があんまり伝わらなくなっていたのですけども、2000年代になって突如アルバムを発表し、コレが全くブランクを感じさせない出来であった事から、日本でもバターンの再評価が高まっていった。という流れなのだと思いますが、本作は、その彼の全盛期を捉えたアルバムです。

現在だと、「レアグルーヴ」という分類になるような、いかにもアナログで聴いたら最高な音作り、ラテンとファンク、ソウルが絶妙なバランスで融合した、その独特のミクスチュア感覚がとても今日的で、まさにバターンの出自通りの見事な「混血音楽」だと思います。

どの曲も素晴らしいのですが、どちかというと、LPのB面以降が私の好みですね。

インストナンバーの「ラティン・ストラット」の気持ちよさ、マーヴィン・ゲイジョン・レノンもびっくりなド直球の名曲「Peace, Friendship, Solidarity」(平和、友情、連帯)は、バターンのだいと言っていいんじゃないでしょうか。

こんな赤面してしまうような理想主義が、まだこの時代には本気で信じられていたんですね。

昨今のアメリカの様子を見ていると、このジョー・バターンのまっすぐで、かつ、しなやかな主張は、見直されなくてはならないのかもしれませんね。

 

f:id:mclean_chance:20170223181032j:image