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mclean-chanceの「鯔背でカフェオーレ」

ジャズ以外の音楽について語るブログです。生暖かく見守ってください。

アイディアの源泉だった

Bo Diddley『His Best』

多分、ボ・ディドリを実際に聴いたことなくても、彼の影響を受けた音楽を私たちは知らず知らずのうちに聴いてることになる。というくらいに、彼のスタイルは多くのミュージシャンに模倣され、その模倣がまた模倣されているという按配です。

このことを端的に知ることができる便利なアルバムがこれで、彼が在籍した、チェスでの代表作をまとめたベスト盤です。

私、ベスト盤というのがあんまり好きじゃなくて、アルバムで音楽を聴く方ですけども、1950年代(というか、今でもなんですけど)の黒人音楽は、聴衆が黒人に限られていたので(当時、黒人音楽を愛好していた白人というのは、相当な好事家しかいません。

ほとんどの白人は、60年代のロックの隆盛の中で、彼ら彼女らの曲をカヴァーされたものでまずは聴いていたのであって、オリジナルはその後に白人に聴かれるようになりました)、当然、平均所得が白人と比較して低いわけですから、シングル盤でないと購入できなかったんですね。

しかし、後のロックンロールの隆盛に寄与したボ・ディドリが、シカゴブルースを代表するチェスに在籍してたのはとても面白いですよね。

ま、それを言ったら、ロックンロールの大スターであった、チャック・ベリーもチェスなんですけどね。

そういう意味で考えると、チェスは単なるシカゴブルースのレーベルと考える方がおかしいわけですが。

さて、その肝心のボの音楽ですが、2拍子を基調とした、コード進行も3つくらいのとてもシンプルな音楽です。

多分に、ニューオリンズの音楽を彼なりに取り入れてみたということなのでしょうかね。

ニューオリンズからシカゴはミシシッピ川を遡っていくと、到着する大都市なので、まんざらおかしな想像ではないと思います。


しかし、シンプルであるが故の力強さが素晴らしく、なぜかマラカスが入っていたり(時にはコンガも)、ギターに独特のエフェクトがかかっていたりと、当時のR&Bとしては、ちょっと変わってますね。

ボは、結局、デビュー作の「ボ・ディドリ」しかヒットしなかったようで(自分の名前を曲名にするセンスがすごいですね)、全くの一発屋でしたが、その楽曲は後のロックミュージシャンに多大な影響を与える事になります。

「ロードラナー」のギターリフなんて、60年代の英国ロック勢がドンだけパクったかと(初期のビートルズはこんな感じですよね)。

チャック・ベリーの早弾きはすぐにはマネできませんが、ボのシンプルなギターはすぐにマネできるのと、それでいて、音楽的な効果が絶大だったという事ですよね。

ピート・タウンゼントなんて、相当マネしたんじゃないですかね。

ギターの独特エフェクトは、後にレッド・ゼペリンのジミー・ペイジにより、トコトン追求され、とんでもない次元に到達しますし、ギターリフが曲の基本という点で、ボとゼップは実は同じです。
何と言っても、初期のストーンズは相当な影響を受けてますよね。

マラカスとハープを効果的に使っていたロックバンドで真っ先に思い出すのは、何と言ってもストーンズですし、ミック・ジャガーは歌い方をかなりマネしてます。

こうして考えると、ボは、後のロックミュージシャンのように、アイディアをドンドン発展させていくという思考があんまりない人ではありましたね。

そこが、JBとボの歴史的評価を決定的に分けてしまうのですが、とはいえ、ボが提示したいくつかのシンプルだけども、誰も思いつかなったアイディアがなかったら、ロックはここまで隆盛を極めなかった可能性はあります。

なので、聴いてると、ああ、これがそうなのか。という発見がとても多くて面白いんですよ。

で、やっぱりチェスなので、思った以上にレーベル色が出ています。

そこが、強烈なスタイルを確立してしまった、レーベルメイトのチャック・ベリとは違いますね。

歌い方がそんなに黒さを強調してないのも、白人の人たちに入りやすかったのかも。
個人的に一番気に入ったのは、「プリティ・シング」。

これをバンド名にしていたイギリスのロック・バンドがあったんですが、さすがにそれはあんまり知られてませんね。

強烈ではないが故の、飽きがこない滋味がこの人の持ち味です。

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