mclean-chanceの「鯔背でカフェオーレ」

ジャズ以外の音楽について語るブログです。生暖かく見守ってください。

突然、ベートーヴェン!

Beethoven piano sonata no.8 op.13「Paghétique」, no.21 op.53「Waltstein」, no23 op.57「Appasionata」

 

Piano : Claudio Arrau


ベートーヴェンピアノソナタを80歳をゆうに超えたアラウが改めて挑んだ録音ですが(残念ながら、全曲録音の前に亡くなりました)、私はアラウは圧倒的に晩年の演奏が素晴らしいと思います。

若い頃のアラウの演奏はなんだか脂っこくて大味で、ハッキリ言って何が面白いんだかわからなかったんですが、老境に入ってからピアノからムダな力と脂っこさが取れていくと、そこには地味ながら濃厚な旨味が残っていたという塩梅でして、テクニックは衰えているのに、それが表現に全くマイナスになっていないのがすごいんですね。

この「悲愴」も、あわてず騒がず悠然と構えて常に60%の力で弾いているという感じでして、普通、こんな風に弾いたらこんなドラマティックな曲、つまんなくなりそうなんですけども、全くそうならないのがまことに不思議です。

「ワルトシュタイン」にもおんなじ事が言えまして、とにかく泰然自若。

ドラマティックに弾こうとしないのに聴き手を知らず知らずの内にベートーヴェンの世界に連れて行ってしまいます。

なんというのでしょうか。80歳を過ぎた朝比奈隆がこの曲弾いたらこんな感じなのでは。という感じですね。

小技は一切なくて、ただただベートーヴェンを一途に追い続けできた事の総決算のような、熟成された世界ですよね。

コレは、どうしたって若い人には到底できない演奏ですね。

おじいちゃんなので、ピアノのタッチは決して強くないのに、表現が弱々しくないどころか、むしろ、太い。

そこが朝比奈の指揮するベートーヴェンとも似ています。

緩余楽章の止まってしまいそうなくらいのタイム感覚に驚きますが、そこから切れ目なく続く第3楽章のジワジワと押し寄せる名状しがたい感銘と言ったらないですね。

ココでもアラウはジックリと弾きます。並のピアニストでは間が持たないかもしれませんね。

コレだけ雄大な、まるで一大シンフォニーのように鳴り響くベートーヴェンは稀有と言っていいでしょう。

そして、コレを更に一層濃厚にしたのが「熱情」です。

より一層アラウのピアノは骨太く、もうベートーヴェン以外何も感じさせないピアノで、そのスケールの大きさは唖然としてしまいます。

アラウの芸風と曲が見事に合っていると言えるでしょう。

もはや、どこからがアラウでどこからがベートーヴェンが判別ができず、まるでベートーヴェンが弾いているかのような錯覚すら覚えます。

若いピアニストには絶対に弾きこなせない境地というものが間違いなくある事をアラウのピアノは教えてくれます。

残念な事に、晩年のベートーヴェンピアノソナタの録音は、2017年現在、なぜか入手が困難で、1960年代にフィリップスに録音した全集ばかりが流通しています。

しばらく廃盤となっていたベートーヴェンのピアノ協奏曲全集はタワーレコードの企画盤として復活していますが、是非ともこちらも復活して欲しいものです。

ちなみに、私の所有するものは、この3曲が入った、1996年にフィリップスから出されたCDですが、中古店を粘り強く探すしか今のところはないようです。

1980年代に、まだこれほどのスケールのピアニストが生きていた事、それ自体が驚きとしか言いようがないですね。

 

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 晩年のアラウ。