組み合わせの妙ではおっつかない!
Kip Hanrahan
『Tenderness』
キップ・ハンラハン。
このアルバムが出てもう、25年以上も経つのか。と思うと感慨無量ですね。
私が初めて聴いたキップ・ハンラハン/アメリカン・クラーベのアルバムですが、コレまで聴いてきた音楽とはテイストが相当違っていて、初めは空を掴むような感じでしたが、次第に馴染んできました。
彼のライヴを見た事ある人だったらわかると思いますが、キップは特に演奏してません。
一応、クレジットにはパーカッションとはありますけども、どこまでホントかどうか。
彼の立場はプロデューサー、作詞、作曲で、コレは他の名義でもだいたい同じです。
彼の独特な所は起用するミュージシャンがまずとてもユニークな事です。
ベイスがフェルナンド・ソーンダース。
長年、ルー・リードと仕事をしている人ですね。
また、大スターのスティングが参加してます。
恐らくものすごく安いギャラで働いているのだと思いますが、自分のアルバムでは絶対に言わない単語を何度も連発してますね。
ココに、ミーターズで有名なレオ・ノセンテリがいて、キップの作品の常連ミュージシャンである、アルフレッド・トリフ(ヴァイオリン)、ロビー・アミーン(ドラムス)、ドン・プューレン(ピアノ)らが絡むという意外性。
アルフレード・トリフ
ロビー・アミーン。レバノン人です。
かつて大暴れしていた、テナーサックスの雄、チコ・フリーマンすらいますよ。
この人とこの人を共演させたら面白いのではないか。というのは、ある程度音楽に精通してくると見えてくるものがあると思うのですが、キップの発想は常人では計りがたいです(笑)。
こうやって文章だけにしてしまうと、何ともキワモノ感ばかりが目についてしまうのですが、キップ・ハンラハン作品は、一貫したキップならではのサウンドがありまして、それは盛大かつ熱狂的に鳴り響くパーカッションの嵐であったり、ワザと粗雑に曲をカットしたり(これはゴダールの影響でしょう。キップは若い頃、ゴダールの助手をしてました)、そこにつぶやきともなんとも言えない気だるいヴォイスがかぶっていたり。などなど、明確な音のヴィジョンは彼の中には常にあります。
なんの説明もなく彼のアルバムを聴くと、どこの国のだかわからない、だけども、明確に「都市の音楽」である事を強力に主張している事が伝わってきて、本作もそういうキップの作品です。
こねくり回すようなドン・ピューレンのピアノは、キップの元で最も自由自在に跳ね回り、フリー寸前なのに物悲しい。という全く独特の世界を作っています。
ドン・ピューレンの突然の死が悼まれる。
こういった要素がなぜかキップの中では渾然一体となっていてて、ただただ美しい音楽になっているのがホントに不思議です。
一曲だけ聴いて面白いというタイプの音楽ではないので、そういう点が今日のダウンロード中心の音楽からすると圧倒的に不利なのですが、本作はやはり全部通して聴いていただくのが良いかと思います。
とにかく、オススメします。
アルバムジャケットが素晴らしいのが、アメリカン・クラーベの特徴でもあります。
暴動!
Eddie Palmieri
『Recorded Live
at Sing Sing』
サルサはそんなに詳しくないですが、これはもう興奮のルツボ!
ニューヨークの郊外にある、シンシン刑務所でのライヴなのですが、暴動寸前のような観客の盛り上がりがすさまじい。
何しろ観客は全員受刑者(笑)!
しかも、かなりの重罪人ですので、そういう人たちをむやみやたらとコーフンさせるというのは、果たしていいのかどうかわかりませんが、コレが実況録音されている所がすごいですけども、それくらい、当時のエディ・パルミエリのバンドは勢いがあったんですね。
録音された場所が場所ですから、音質はイイとは言えませんが、受刑者たちの興奮とバンドが燃えに燃え上がっている様子は、そういう悪条件をものともしません。
最後の曲が何度もカットがあるのは、受刑者のコーフンがすごすぎて、演奏が聞こなくなってしまって音楽としては聴けなくなってしまっており、やむなく編集せさざるをえなかったのだそうですが、それくらい現場はすさまじい事になっていたようです。
ラテンの正確無比なパーカッション、一糸乱れぬホーンアンサンブル、コレをバックに展開するトランペットやサックス、オルガンの熱狂的なソロがすさまじい。
この辺りがジャズファンである私もコーフンしてしまうし、ラテン音楽はちょっとネ。という方にも安心してオススメできるところ。
どこがどうイイとかそんな分析などもはやどうでもよくなる極限のエクスタシーがココにある。
できうる限り大きな音で浴びるように聴く事をオススメします。
私はオーディオに関しては余りうるさく言いたくないですけども、これなんかはイイ再生装置で聴いた方が絶対によいです。
とにかく、しのごの言わずに聴いてご覧なさい。
ジャケット。当時のシンシン刑務所は重罪人しか収容されてません。
ヒップホップはネクストレベルに移ったね。
Kendrick Lamar
『To Pimp A Butterfly』
ケンドリク・ラマー
昨年出たヒップホップでは、群を抜いて素晴らしい出来で驚いてしまった。
グラスパーをバックにラップする人は遅かれ早かれ出てくると思ってましたが、目ざといといか(笑)、両者の接近がこれほど早いとは。
これはやはり、インターネットの普及によるものでしょう。
コレまで、「ジャズとヒップホップの融合」という事は、結構早くから試みられてきましたが、その死屍累々にジャズファンは多いに失望し、この事がジャズファンからヒップホップをかなり遠ざけたのではないでしょうか。
コレを打破する端緒を示したロバート・グラスパーの台頭は、ジャズ、ヒップホップ双方に少なからざる影響を与えたと思います。
その前史として、ディアンジェロウなどの優れた作品があったわけですが、コレはまた後ほど。
ジャズとヒップホップがなかなかかみ合わなかったのは、いろんな原因が考えられますが、1つはリズムですよね。
ヒップホップの初期のリズムはJBのトラックから引用していた事からわかるように、モノリズムの4拍子で、ラップもコレにカッチリ乗ってました。
今聴くと80年代のヒップホップは妙にカッチリしていて、なんだかおもしろパフォーマンスに聞こえなくもないですが(笑)、このリズムがキッチリしているというのは、90年代も構造的には大きくは変わりません。
ココに、手打ち特有のユレとかヨレを積極的に取り入れて行ったのが、天才Jディラなのですが、それでも、まだラップは普通に4でとってるんですね。
それがこの数年と言っていいと思いますが、ラップのリズムの取り方が急激に変わってきました。
リズムの訛りやポリリズムが普通のテクニックになってきたんです。
モダンジャズ、即ち、ビバップ以降のジャズのテクニックに、それらは比較的当たり前に入っているのですが(何しろ、開祖と言ってよいチャーリー・パーカーがポリリズムを自在に駆使してソロを取ってます)、ヒップホップはバックにトラックのリズムは一定で、ラップである程度自由な事ができる(口でやっているわけですから、やりやすいですよね)というのが、これまでのヒップホップは基本はコレでした。
しかし、バックトラックが4連で符で取っている所を5連符でラップというスキルを持ったラッパーが現れ(ケンドリック・ラマーもその1人です)、また、バックトラックもリズムが訛ったりするのもの出現しはじめ、要するに、ジャズとヒップホップが技法的に合わせやすくなる下地が出来上がってきたんですね。
コレを察知したケンドリック・ラマーがグラスパー達をアルバムに起用したのは、ある意味必然的なる動きなんですよね。
つまり、ヒップホップはここに至って、初めて構造的にジャジーになったと言えるんですね。
その意味でもこの作品が昨年でたことの歴史的にな意義は大きいし、しかも、ものすごいクオリティのものがいきなりできてしまったというのは、コレに続くのは、なかなか大変ではあるなと思いました。
グラスパー達の生演奏に合わせてラップは予想以上にカッコよく、ヒップホップはまた1つの新しい地平を開いたな。と感じさせます。
リズムのリテラシーがあまりない方には、彼のラップは、無理くりラップを早く口で突っ込んでいるだけに聞こえたり、バックトラックのユレが気色悪いかも知れませんが、結局、コレも慣れの問題で、こういうモノを聴き続けることで、あたかも自転車に乗れるようにやるようにすぐに理解できてしまいます。
どうしてこういう事が起きたのか?というのは、なかなか説明がつきませんが、機材の発達とインタネットというのは絶対にあるでしょうね。
とにかく、2010年代屈指の傑作です。
今聴いても驚くべきアルバム。
Donny Hathaway
『Extension of A Man』
オープニングからしてオーケストラ。というかなり前代未聞のアルバムですが、コレがドニー・ハサウェイの最後に発表された作品となってしまいました。
ドニーの余りにも痛ましい死もあってか、アメリカ本国ではかなり間、アルバムがCDになってなかったようで、かなり知る人ぞ知る存在になっていたようです。
それはともかく、今聴いても驚くほど新鮮ですね。
70年代のブラックミュージックは、一言で言ってしまうと、「シンガー&ソングライターの時代」だったんだと思いますけども(この時代の質と量がすごすぎて、現在のミュージシャンはなかなか苦労しているように見えますね)、ドニーはその中でも間違いなくトップクラスと言ってよく、カーティス・メイフィールドの舎弟時代から、そのソングライティングの才能はずば抜けていました。
参加しているミュージシャンも桁外れに豪華!
「Someday We'll All Be Free」は永遠の名曲と言えますが(私は、スパイク・リーの『マルカムX』で初めて聴きました。コレはアリーサ・フランクリンが歌ってますけど)、個人的に大好きなのは、「Love, Love, Love」。
コレを聴いてると、ドニーの歌唱は、マーヴィン・ゲイをお手本にしているのがよくわかります。
しかし、なんという伸びやかな歌唱!!
エレピをも抜群に上手いですよね。
こういうのをやりながら、「The Slum」みたいなファンキーなインストもやってしまう彼の才能はちょっと尋常ではないですね。
とにかくやりたいことがありすぎて一枚のアルバムとしてはもう溢れちゃってるところもありますが、それくらいすごいですね。
これまでの黒人音楽を彼なりに消化しつつ、楽理的にも非常によくできた人でしたね。
黒人ミュージシャンの悲劇的人生というのは、20世紀のアメリカにそれこそイヤという程にあるわけなんですけども、ドニーの余りにも若い死は、ホントに残念でなりません。
ボズのアルバムで一番いいのはコレ。
Boz Scaggs
『Slow Dancer』
現在でも優れたアルバムを作り続け、いい歳の取り方をしているボズですが、やっぱりコレが一番好きですね。
『シルク・ディグリース』が余りにも売れ過ぎてしまい、一時期活動が停滞してしまいましたが、これはそうなる前のアルバムで、『シルク・ディグリース』の馬鹿当たりのせいで、現行盤は、オリジナルのアルバムのデザインではなくなっています。
私、この差し替えジャケットがとてもキライです。
このアルバムの70年代的なゴージャス感(ホーンセクション、バックヴォーカル、ストリングスが盛大に入っているヤツですね)が、私、たまらなく好きでして(笑)、全体のファンキーなノリもとてもツボなんですよね。
最近まで気づかなかったのですが、このアルバムのベイスに、ジェイムス・ジェイマスンが参加していたんですね。
そりゃ、アーバンでファンキーなわけですよ!!
ギターにもワーワー・ワトスンやらデイヴィッド・T・ウァーカーやらの名前が。
とにかく、70年代はスタジオミュージシャンの全盛期なので、とにかく作りが豪勢ですよ。
今、こんな贅沢にアルバム作っている人、ほとんどいないんじゃないでしょうかね。
とにかく、ボズを含めて、全員の仕事ぶりが実にキメが細かくて、ホントにため息が出ますね、あんまり素晴らしくて。
プロデューサーのジョニー・ブリストルは、モータウンのプロデューサー、ソングライターとして有名な人で、このへんの人選にボズの黒人音楽への愛を感じます。
タイトル曲も素晴らしいんですけども、「Sail on White Moon」もまたボズを代表する名曲(作曲はジョニー・ブリストル、エディ・リーヴス)と言ってよいでしょうね。
『シルク・ディグリース』しか聴いたことない方に、一度でいいからコレを聴いてもらいたいですね。
大傑作!
The Special AKA『In The Studio』
スペシャルズは、時折、再結成しているようですが、ジェリー・ダマーズには声すらかかっていないようで、未だに関係が修復していないようです。
しかし、むしろ、ダマーズはバンドと決別して良かったのかもしれない。と思ってしまうほど、本作では才能が爆発してますね。
とにかく、ダマーズのソングライターとしての実力が遺憾なく発揮された楽曲ばかりで、どれもこれも一筋縄ではいかず、冒頭はジャズっぽく始まり、アラビアのロレンス風のメロディのエキゾな曲にスカの気持ちいいホーンが入った「The Lonely Crowd」、「7拍子の「What I Like Most About You is Your Girlfriend」、あたかもシングル盤の裏表に連続する曲のようになっているこれまた5拍子の曲「War Crime」などなど、とにかく素晴らしいとしか言いようのない曲ばかりですが、その中でも特筆すべきは、アパルトヘイト反対運動のために長い間投獄されていた、ネルソン・マンデラの解放を訴えた「Nelson Mandela」でしょうね。
多分、この曲の大ヒットがなければ、ネルソン・マンデラの名前は先進国にはほとんど知られる事はなかったのではないでしょうか。
その意味でもジェリー・ダマーズの功績は大きいわけです。
当然のことですが、コレ、なんといっても曲が素晴らしいです。
ちゃんと「Racist Friend」という、モロにスペシャルズなスカ曲があるのも、なんとも当て付けがましくていいではありませんか。
この大傑作の後のダマーズの活躍をトント聞かなくなってしまったのは、ホントに残念ですね。
ちなみに、ジェリー・ダマーズは、熱狂的なサン・ラのコレクターのようです。
彼の膨大なコレクションを実際に見せてもらった方から直接話を聞いた事があります(笑)。
ジャコの最高の仕事はコレ!
Joni Mitchell『Hejira』
名作。
冒頭のジャコ・パストウリアスのベイスの「コーン」という、なんというか、澄み渡った空を突き抜けていくような音が、ジョーニのヴォーカルと絡むことで起こる無上の快感。
私は、このジョーニ・ミチュルとの一連のアルバム参加こそがベイシストとしてのジャコの遺した最高の仕事だと思っているのだけども、個人的に1番手に取ってしまう本作をとりあえず紹介しようかと思います。
このアルバム、ジャコのインパクトがホントに強烈なんだけども、実は、4曲しか参加してないんですよね。
ジャコ・パストウリアス
でも、1番印象に残るのは彼のベイスで、如何に彼の音楽性がジョーニの曲調とピッタリ出会ったのかがよくわかりますね。
この前後がジョーニのミュージシャンとしての絶頂期だと思いますが、コレだけの連中を使っていても、彼女の個性は全く埋没しないのは驚異的です。
この独特の越境感覚は、ロックファンには余り理解されなかったようで、ジョーニは結局、現在に至るまで大ヒットに恵まれたことはないのですが、でも、彼女のこの辺りの作品が廃盤になる事が全くないというのは、やはり、根強い支持があるからなのでしょうね。
本作も、50分を超える大作ですが(LPだと二枚組になります)、曲数は9曲しかありません。
そもそもがシングルヒットを考えていないんですね。
こういう作り方を許容されるほどに、ジョーニの才能をレコード会社が認められていたのでしょう。
ジョーニの独特のチューニングを施したギターとジャコのベイスが絡むと、浮遊感のあるサウンドができますね。
ジョーニの作曲に用いるコード進行も浮遊感があり、アルバム全体が鳥で飛んでいるような感覚がありますね。
70年代のロックは、ホントに傑作が多いわけですけども、コレはその中でも屈指のアルバムの1つだと思います。
ジャコが健康でもっと長生きしていたら、もっと多くの共演が聴けたでしょうね。。